Cloud Atlas


Cloud Atlas (by movieclipsTRAILERS)

Cloud Atlasそれは素晴らしい旋律であり、人生についての一つの解答なのかもしれない・・・

この文章は極力自分の見たものだけを頼りに書いている。必要な情報は調べてまとめるが、映画の内容は主観的な文章になってしまうと思われる。その時に感じた気持ちをまとめたい。なるべくのネタバレはしないように気をつけるがあしからず。大いにネタバレを含んでいます^^;

私は先日ふと映画を見ることにした。きかっけは世の中の人々には些細なことなのかもしれないが、私にとっては大きな変化の一日だった。罪の意識に駆られながら逃げるような日だった。そんな時この映画のタイトルを思い出したのだった。
本当に何の情報も持っていなかった。「トム・ハンクス」が出ていること、「6つの」物語が絡み合っていること、「ウォシャウスキー姉弟とトム・ティクヴァ」という3人の監督が撮ったということだけだった。チケットを買うときですら、今自分が買っているのは3つの先行情報のタイトルなのか?と心配になる程だった。
私は映画を見る前は割りと”事前学習”をするタイプだ。そういうことを調べてしまうのが好きなのである。ネタバレも特に気にもとめずに読みすぎてしまうことがよくあった。でも私の目で確かめたい気持ちが大きいからなのかもしれない。

そんな私がまだ短い人生の中での大きな衝動の日にこの映画を見たのは何かの偶然なのかもしれない。気づいた時には私は新宿ピカデリーで最終のチケットをとっていた。

このような経緯や他からの情報も無しに衝動的に映画を見るのは初めての経験であった。ましてや”一人映画”である。本来ならワクワクするだろう出来事だがその時の私にはそんな事を考える余裕すら無いほど、悩ましかったのだった。

映画の後で買ったものだが、パンフレットは非常によくできていると思った。ストーリーが分かりやすくまとめられており、スタッフやキャストのインタビューも充実していると感じた。しかし、この文章のイメージへの干渉が無いように、流し読み程度にしたので、初期衝動を書き終えたら読むとする。
映画は172分と大作物なので、話の内容がバラバラになってしまう人もいるかもしれない。そういう人はパンフレットを事前に買って予習するのも選択肢なのかもしれないが、私自身としては2回見て欲しいと思う。

映画開始10分前にはしっかりと席に陣取っていた私は客席をボーっと眺めていた、仕事終わりのサラリーマンやカップル、私のように一人で鑑賞する人も多く見受けられた。中でも外国の人も多く来ていたと思う。そんな感じでレイトショーにも関わらず席は結構な数が埋まっていた。映画館が暗くなると、次第に群衆は気にならなくなり私は映画の世界へ入り込んだ。

始まってすぐに、カットが多く切り替わり3つの時代が途切れ途切れに描かれていった。このテンポはついて行けるのか?不安になる。しかし、映画は一気に色々な時代の断片を描いていく。弁護士、作曲家、記者、編集者、クローン、羊飼い この6つの人々に焦点が当てられていくことがだんだんと分かってくる。彼等には目立った共通点など見当たらない。次第に彼等の人生は少しずつ絡み合っていくことが鑑賞者にも伝わってくる。1つずつの物語は私には別々の映画のように感じた。

貿易船が活躍していた時代、弁護士はある交渉のために航海に出ることになる。ある黒人の奴隷との出会いが、彼と黒人自身の運命を変えることになる。テーマは奴隷や裏切り、友情などが絡んでいる。このシーンでは弁護士は病魔に侵されながらも航海を続けるのだが、身近にいる欲望の塊に蝕まれていく。

20世紀初頭、作曲家は著名な音楽家の元に弟子入りし、採譜の日々を過ごすことになる。彼はそんな日々の中である名曲を作曲する。彼はある人を愛しており、それを理由に迫害されそうになる。テーマは作曲、同性愛、罪の意識、その後の彼の最後などだ。非常に美しい曲が流れている、この曲は次の時代でのキーポイントになる。なんとも切ない曲だった。トレイラーなどで流れるお皿のシーンは美しいと感じた。

20世紀後半、記者はある人物とちょっとした所で遭遇する。彼からの依頼を受け、彼女の人生は大きく動いていく。テーマは陰謀、殺し屋、再会などが挙げられるだろう。サスペンスのような映像表現は非常にハラハラさせられる。「ヒューゴ・ウィーヴィング」の役にも必見である。

2012年の現代、編集者は担当していた著者の本が、あるパーティーをきっかけに爆発的に売れ、富を手に入れるがそこから彼の人生の転機が始まる。ある施設に送られた彼は仲間と共闘することになる。テーマは、老後、恋人との再会、転機などだ。この部分は比較的コメディータッチで描かれており、ある部分(下ネタ)では劇場にいた外人さん達が大きく笑ったので釣られてみんな笑ったという事が起きた。勿論私も笑ってしまった。映画館で笑うのは不思議だが愉快な事だった。

22世紀冒頭のネオソウルが舞台、クローンの活躍が描かれている。毎日を同じように過ごし、同じようなタイプの顔のクローンとともに12年を過ごす。彼女たちは12年経てば自由になるというのだ。テーマは人間のあり方、革命、人生などだろうか。映像はSF、サイバーパンクをモチーフにアクションシーンが連続する。「マトリックス」で出てくるようなホバークラフトの反重力装置などが出てくる。この時代は私のお気に入りでもある。元々ブレードランナーのようなサイバーパンク物が好きで、正にそのイメージだからである。そして、この時代は一番のキーポイントになっているシーンだと思った。クローンのソンミの言葉は映画を通してのある事を伝えている。

文明崩壊後の世界、羊飼いの男は亡霊の言葉と人食い族に悩まされながらもひっそりと村で暮らしていた。定期的に来る文明人との交流の中である事実に触れていくことになる。この村では前述のソンミが神格化されており、ありがたい言葉を与えてくれる神として信仰の対象になっている。テーマは崩壊、幻覚、未来といったところだろうか。この時代が映画のラストとなるのだが、世界の真相に迫ることになる羊飼いの「トム・ハンクス」を見ているとなんとも切ない気分になってしまった。

このように6つの時代に分かれていた。それが重なるようにして映画は進んでいく、まるで6つの映画のようにカットが代わる代わる変化していく。時にはシームレスに時代が移行する。同じ役者が別の時代にも多く登場する。頭の切り替えをしないとついて行けないかもしれない。しかし、それを彼らがまた別の人生へと生まれ変わったことを意味している。ある時代では主役であっても別の時代では数カットしか出てこない脇役へと変化するのだ。そういう映画の映像的な部分でも非常に楽しませてくれた。映画のエンドクレジットではそういう部分を見ることができる。

なによりもこの映画のテーマは人生であろう。そして輪廻転生の如く人々の身分や存在は徒然なるままに移行していく、そのような事を22世紀のクローンのソンミは訴えかけている。人生の選択はその時生きていた者への影響だけではなく、次の時代、将又次の時代へと影響を残していくのである。映画が進むにつれて、時代ごとの主人公の共通点も分かってくるだろう。姿や性別が変わっても受け継がれるものがあるというのを共通点は示している。それを証拠に彼等は過去や未来を既視感やフラッシュバック、夢などによって見せられたり、感じたり、覚えていたりするのだ。人生とはその時限りではないのだ。映画のテーマを一番語っているのはソンミだと思うので、彼女の台詞を感じながら見ると感慨深いものがある。

映像としては革新的な手法だと思った。ごちゃごちゃした感じに感じるのかもしれないが、途中から一つ一つが繋がり、かつ終着点へと向かっていく様はは今までのフラストレーションのような物や疑問を波のように流し去りラストへと向かっていく。見終わった後は落ち着き心地よくなると思った。
描写は過激なシーンや暴力的なシーン、見る人によればショッキング、セクシャルなど様々なシーンがある。人生というテーマを考えればこれらのシーンはスパイス的な役割を担っている感じた。残酷でありながらも愛があったり、騙し合いながらも信じようとするという矛盾が多い人。そんな人の様々部分が描かれているこの映画を私は強くお勧めしたいと思う。私もあなたも前世からの何かを受け継いでいるのかもしれない。その何かはこの映画を見ることによって少しは理解できるのではないだろうか。

長文になってしまったが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
拙い文章になり、見たものをアウトプットするのは難しいことだと感じたが、これからも続けていけたらいいと思う。

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Motorcycle #3

友人のパトリシア王子(以下P)が大層この連載を気に入っていただいているために重い腰を上げ更新しようと思う。

今回の話はユーザー車検の話になる。誰しも車検とは一見非常に難しく感じる検査の一つであろう。私とパも車検などには行ったことが無かったので、若干の心配はしつつも多摩自動車検査登録事務所に向かうこととなった。

きっかけは一本の電話だった、案の定私が寝ようと思っていると彼(P)は電話をかけてくるのである。少し不機嫌気味で出ると、車検の更新日が目前に迫っているという話だった。対象者はこの連載にも出てきたGSR400 ABSである。どうやら私の近所の車検場が一番彼の家からも一番近いという話だった。私も車検のイメージが長ったらしい感じだったので、渋々行くことにした。

そして当日、案の定Pは若干遅れるだのメットを忘れただので、私の家に集合になった。時間的には余裕を持たせていたため、問題は無かった。

道中GSRの燃料計が残すところ1メモリになった。あとでマニュアルを読んだところ、3km程は走れたそうなので大事には至らなかったのだが、途中で寄ったガソリンスタンドの接客が酷すぎたので、1分で走り去る事になった。1メモリのまま住宅街を抜けたところに車検場は存在した。

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バイクから降り周りを見ると、様々なメーカーのツナギを着たおっちゃんや兄ちゃんがいた。どうやら代行車検の人たちのようだ。昔よく行った鈴鹿サーキットにいたピットクルーのようには色鮮やかでは無いが、油にまみれて働いている車屋やバイク屋の人達はカッコよく見えた。

周知の通り、自賠責保険とは正式名称を自動車損害賠償保険といい、またの名を強制保険と言う。自動車や原付の保有者は必ず入らなくてはいけない保険だ。この保険は車検の度に更新するようだ。

車検場の近くの建物で保険の更新や証明書を更新などを行った。印鑑を忘れたり、印紙を貼り間違いたりで受付の女性には非常にお世話になってしまい。私は苦笑いが止まらなかった。
結局本人なので印鑑は必要が無かったし、印紙も受付の女性の華麗(?)なテクニックによってしっかり貼り直しができた。貼り間違えた時には冷や汗物だった。作業台の壁には丁寧に張り方のサンプルがあり、我々は非常に馬鹿を見たのである。

そもそもPは非常に無鉄砲な所がある。ここに来るまでにも車検の期日がギリギリだのガソリンが1メモリしかないなど、挙げるとキリが無さそうだが悪運強くしっかりと立て直してこなしていくので不思議な奴である。

話は脇道に逸れたが、自賠責の更新をして、必要な書類の記入が済むとまた別の建物に行くように指示された。

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車検場の内部である。0~4までが4輪自動車のコースで5に当たる場所が2輪自動車専用のコースになっていた。検査用の書類をこの写真から見て左の建物で受け取り、いよいよ検査である。

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コースの見取り図

コース内は私有地なのでノーヘルが許されている。ここぞとばかりにPはノーヘルでバイクに跨ったのである。私は多量の書類とメット二人分を持ちコース内を歩いていた。よく言えば秘書、悪く言えば使用人っと言ったところだろうか笑
その間なぜか場内にお巡りさんが3人もおり、その前をノーヘルで走行するPを見過ごしたのだ!!!なんたる不祥事笑 写真が無いのが残念だ。

コースの裏に回るとクルマは非常に混雑していた。それとは裏腹にバイクのレーンは我々をいれても3台しかなかったので、非常にスムーズに進んでいた。同型のGSRも検査を受けていた。

検査内容は至ってシンプルだった。まず検査用紙を検査員の方に渡す(私の唯一の仕事である)。ウィンカー、ブレーキランプの検査をして、検査員の目視チェックが行われる。それと平行して持ち主がマフラーに管を突っ込み、恐らく排ガスのチェックと音量のチェックが機械によって行われる。レーンを進むと、アクセル、ブレーキのチェックがシャーシダイナモの上で行われる。そして最後に光軸のチェックをしたら完了だった。
私はずっと側で書類を持って立っていたが、検査員にも何も言われなかったので見学も問題が無いようだ笑 なかなか面白いものが見れたと思う。

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検査終了後に検査所をもらった建物にて、新しい車検シールを発行してもらい目出度く一発合格だった。
当の本人Pは気がきでは無かったようだ、光軸のチェックは厳しいらしく落とされると思っていたらしい。しかし日頃の整備の成果がここにきて発揮されていた。時間にして1時間もしないで車検は終わった。4輪車はまた難しいと思うが、2輪車は整備に自身があれば自ら持ってきて済ましてしまうのが、時間的にも金銭的にも得になることがよくわかった。

帰りに2りんかんに連れて行ってもらったのだが、ライダー集団が様々なバイクに乗ってきており、非常に面白かった。親父が昔乗っていたと言っていたRG500Γにもお目にかかれた。これがまたメチャメチャかっこ良いGPカーだった。店の中もホームセンターや釣具屋のバイクverっと言ったところ。バイク用品が大量に売られている。Pはエンジンクリーナーや装備していないÖHLINSのステッカーを買っていた。花咲かGとかいう洒落た名前のコンパウンドワックスも購入!早速エキマニも磨くも、汚れが落ちた?ってレベル・・・結構なお値段だったので、私も可哀想になってしまった。綺麗になったねっとかなってないのに二人で言っていた笑 しかしボディの擦り傷などには効果を発揮しホッと一安心したのであった。

まだまだ長いバイク道だが、非常に勉強になった一日だった。